水曜日のダウンタウン(通称:水ダウ)で話題になった「飛び込み企画」、結論から言うと——
きしたかの・高野さんが“10m高飛び込み”に再挑戦する企画で、しかも1週で終わらず“2週連続”で放送されたことで、賛否も含めて大きく燃えました。
「何の企画?」「どういう流れでそうなった?」「なぜ生放送?」「結局成功したの?」
この記事では、公式に出ている範囲の情報を軸に、企画の全体像と意図っぽい部分、SNSで多かった反応の傾向をライトにまとめます。
飛び込み企画は何だった?まず“全体像”を一気に整理
元ネタは「紙飛行機×高飛び込みキャッチ」
この企画は突然生まれたものではなく、前に放送された競技企画が起点です。
「10mの飛び込み台」から紙飛行機を投げ、落下中にそれをキャッチできるか…という水ダウらしい変化球の勝負で、そこで高野さんだけが10mから一度も飛べずに終わったことが“物語の種”になりました。
2026年1月21日:異例の「緊急生放送」でリベンジ
そこから発展して、2026年1月21日の放送では、事前告知ほぼなしの形で
「(緊急生放送)きしたかの高野10m高飛び込みリベンジ」が実施されました。
生放送という形式が先に立ち、「飛べるまで帰れないのでは?」という空気も含めて視聴者側がザワついた回です。
2026年1月28日:2週目は「収録ノーカット」で再挑戦、ついに…
翌週1月28日は、同企画の2週目として放送。今度は生放送ではなく、収録のノーカット放送という形で再挑戦が続きました。
ここで“結局どうなったか”が大きく話題になり、SNSでも感想が一気に広がりました。
企画意図は何だった?「水ダウらしさ」で分解すると見えてくる
「恐怖」と「羞恥」と「仕事」の三重圧を“テレビの目”で見せる
10m飛び込みって、単純に高いです。怖いです。
さらに芸人という立場だと、「怖がっている姿」そのものも“見られる”対象になります。
水ダウはこの企画で、ただの根性試しというより、恐怖(身体)+羞恥(視線)+仕事(番組成立)が同時に襲う状況を、視聴者がリアルタイムで目撃する構造にしていました。
生放送にした理由は「逃げ道を塞ぐ」より「応援が可視化される」ため
生放送というと「追い込み」「逃げられない」方向に見えがちですが、もう一つ大きいのが
視聴者の反応(応援・批判・ツッコミ)が“その場で発生する”ことです。
実際、この企画は“視聴者の感情の揺れ”が本体の一部になっていました。
「頑張れ」も「やめとけ」も同時に起きる。応援のつもりが圧にもなる。
その危うさごと含めて“番組の材料”にしているのが、水ダウの尖り方だと思います。
2週連続にしたのは「結末」より「過程」を見せるため
普通は「成功したかどうか」で1回にまとめがちです。
でも今回は、引き延ばしというより、“人が怖さを越えるまでの時間そのもの”がコンテンツになっていました。
編集で短くするとドラマは消えます。ノーカットに寄せると、視聴者は“耐える/見守る”側になる。
そこに賛否が割れるポイントがありました。
視聴者の反応はどうだった?SNSで多かった声の“型”まとめ
①「応援してしまった」派:スポーツ中継っぽい感情
最初は戸惑っても、気づいたら「いけ…!」と声が出るタイプの視聴体験。
生放送やノーカットの“間”があるほど、視聴者が感情移入しやすく、
「水ダウなのに感動した」「妙に胸が熱くなった」という反応につながりました。
②「見ててつらい」派:笑いより不安が勝つ瞬間がある
一方で、恐怖に怯える姿を長時間見せる構造に対して
「しんどい」「笑えない」「令和に大丈夫?」という声も強く出ました。
この企画は、視聴者が安全な場所から見ていることを前提に成立しているので、そこに倫理的な引っかかりを覚える人が出るのも自然です。
③「水ダウっぽい」派:テレビ実験として面白がる
水ダウを“説”の実験番組として見ている層は、
「生放送の圧を与えたら行けるのか?」
「応援が増えると行動は変わるのか?」
みたいに“企画の装置”を楽しんでいました。結果よりも仕組みを見るタイプの反応です。
どこが見どころだった?“飛び込み”以外も含めて整理
リアルタイム性が作る「間」と「空気」
この企画の山場は、飛ぶ瞬間だけではなく、その前の空気です。
誰かが何か言う、沈黙が落ちる、また笑いが起きる——その繰り返しで、
視聴者が「目を離せない」状態になります。水ダウの“編集で笑わせる”とは別ベクトルの強さでした。
周囲の芸人・スタッフの立ち回りが“企画の温度”を決める
高野さん本人だけでなく、周囲の言葉のかけ方、空気の作り方が
「いじめに見える」か「背中押しに見える」かを左右します。
視聴者の賛否が割れたのも、この“見え方の揺れ”が大きかったからだと思います。
「結局何だった?」の答え:水ダウ版・極限ドキュメント寄りバラエティ
この飛び込み企画は、ただの体張りや根性試しではなく、
恐怖と視線と応援が絡む状況を、テレビの仕組みで作り、視聴者にも参加させた企画でした。
だからこそ、笑いだけで終わらず、
- 応援してしまう
- しんどくて目を逸らしたくなる
- こういうテレビ実験が見たい
と受け止めが割れ、結果として“話題が長く続く”回になった、という整理が一番しっくりきます。
好き嫌いが割れるほど「番組の芯」が露出した回だった
水ダウの「飛び込み企画」は、番組の強み(仕掛けの巧さ)と、弱さ(しんどさの出やすさ)が同時に出た回でした。
だから、面白かった人も、無理だった人も、どちらも感想が言える。SNSが伸びるのも納得です。
今後もし似たタイプの企画が来るなら、視聴者側も「笑う回」か「見守る回」か、気持ちの置き方を変えて見ると、疲れにくく楽しめるかもしれません。

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